
古代エジプトの人物像を見ると、頭を包む髪の形が印象に残ります。では、絵や彫刻に表された髪ではなく、実際に使われたかつらが目の前にあったら、どこを見たくなるでしょう。
博物館には、人の髪から作られた古代のかつらが残っています。今回は大英博物館とトリノ・エジプト博物館の資料を手掛かりに、カールや三つ編み、その下の土台へと目を移す小さな鑑賞を楽しみます。
丸いカールの下に、細い編み髪
大英博物館の資料番号EA2560は、第18王朝の人毛製かつらです。同館は、上部のカールと下部の細い編み髪を組み合わせたこの型を、身分の高い男性が身に着けたものと説明しています。髪には蜜ろうと樹脂が用いられています。[1]
公式ページの画像を見るときは、最初から細部を探さず、頭の上と首に近い部分を別々に眺めてみてください。丸い形を重ねる部分と、下へ流れる線を重ねる部分。その二つが一つの輪郭を作る、と考えると、見慣れない髪型にも入口ができます。
表からは見えない、髪でできた土台
同館の説明によると、このかつらは細かく編んだ人毛を網状に組んだ土台を持ち、そこへ髪の束を取り付けています。飾りとして見える髪だけでなく、形を支える構造にも髪が使われているのです。多くの編み髪では先端が失われており、現在残る姿には保存状態も関わっています。[1]
ここで注目したいのは、「髪を集めた」から「身に着けられる形にした」までの間です。束を支える場所を用意し、位置を決め、留めていく。かつらを、髪型であると同時に組み立てられた道具として見ると、表面の美しさに加えて、作り手の仕事を考えられます。
メリトのかつらと、顔まわりを比べる
イタリアのトリノ・エジプト博物館が所蔵するメリトのかつらは、紀元前1425~1353年頃とされる資料です。同館の解説では、毛束を縫い合わせて編み、中央で分け、カールの先を顔の両側や襟足の編み髪へつないだ構成とされています。[2]
同館は、当時の絵画や彫刻に見られるこの型の髪が、花や額飾りで装われたことも説明しています。ただし、いま残っているかつらそのものの状態と、同時代の装いの説明は分けて読みたいところ。写真にない飾りまで「付いていた」と決めず、資料と解説の間を行き来するのも鑑賞の楽しさです。[2]
復元して初めて見える、手の時間
考古学者ジョアン・フレッチャーと歴史的な髪型を再現するフィリッポ・サラモーネの研究では、大英博物館のかつらを調査して復元しました。制作には約200時間を要したと報告されています。これは現代の復元作業の記録であり、古代の職人が全く同じ時間をかけたと示す数字ではありません。[3]
同研究は、全体を覆うかつらの制作には手間がかかり、主として上層の人々に用いられたことも述べています。こうした背景を知ると、髪型を見ることが、身に着ける人と作る人の関係を考えることにもつながります。[3]
細い編み髪を一つ作り、それを繰り返す。遠くからはまとまった面に見えるものを、一回ずつの手の動きとして想像してみましょう。完成した形を「豪華だった」で終わらせず、どこに仕事が積み重なっているかを探せます。
ひとつの資料から、見方を持ち帰る
オンラインの所蔵品ページを開いたら、次の順番で見てみるのはいかがでしょう。
- まず全体の輪郭を眺める
- 分け目、カール、編み髪から気になる部分を一つ選ぶ
- 素材と作り方の解説を読む
- 欠けた部分や、まだ分からない部分も含めて、もう一度全体を見る
形の観察が楽しくなったら、昔の櫛を「道具」として眺める記事にも寄り道できます。髪そのものを組む技術と、髪を整える道具を見比べると、身支度の歴史が少し立体的になります。
古代の人の暮らしを一品ですべて知ることはできません。それでも、よく整えられた髪の裏側に、土台や留め方、繰り返された手の仕事がある。その発見を一つ持ち帰るだけで、次に人物像の髪を見る時間が、少し豊かになります。
参考情報
- 大英博物館:wig(EA2560)
- トリノ・エジプト博物館:Merit’s wig(Suppl. 8499)
- Joann Fletcher・Filippo Salamone:An Ancient Egyptian Wig: Construction and Reconstruction(Internet Archaeology 42、2016年)
編集:KIWABIヘアケア編集部/資料確認:2026年10月11日。所蔵品の展示状況は変更されるため、来館する場合は各館の最新案内をご確認ください。